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●展覧会巡りby「B級変態映画倶楽部」その2

前回からの続きです。。。
lucie1.jpg
いつもは地下鉄大江戸線や日比谷線の六本木駅からテクテクと国立
新美術館へ行くのだけど、今回は千代田線の乃木坂駅で下車。
なんと、駅と美術館は直結してて一番便利なのね。。。知りません
でした(今更ですね:笑)

ディム(大英帝国二等勲爵士)の
称号を持つルーシー・リーは、バーナード・リーチやハンス・コパー
と並び、20世紀を代表する陶芸家の一人です。ウィーンに生まれ
イギリス人として半生を生きた彼女は、70年近くにもわたる創作活動
の中で多くの作品を作り、独自のスタイルで陶芸の世界に新しい風を
吹き込みました。無駄のないシンプルなフォルム、自由な色彩、
優雅で洗練された装飾との見事な融合…。
それは大都市の中の小さな工房で、一人器と向き合い続けた彼女の
生き方にも似ているように思えます。
(HPより転載)

lucie2.jpeg
ピンクがかわゆい♪

lucie3.jpeg

ルーシー・リーの陶磁器は、本当に薄くて繊細で可憐。
それでいて甘すぎず、凛とした佇まい。いいですよねえ。。。

1902年生まれ。ウィーンの幼少時代は医者家庭で裕福。
そして美術界ではクリムトやシーレ、精神分析ではフロイトの
活躍した黄金時代。羨ましい環境ですよね。
工業美術学校で陶芸に目覚め(恩師のミヒャエル・ポヴォルニー
の作品は乙女チックでメッチャ甘い♪ってことが可笑しい)
陶芸家の道を進むことに。
卒業と同時に実業家のハンス・リーと結婚。
その新居のデザインを依頼したエルンスト・プリシュケの
バウハウス的機能主義的作風(何だ?:笑)にかなりの影響
を受けたとか。
会場では,夫婦の家のフィルムが流れてまして、確かにバウハウス的。
簡素で無駄が無く,上品。オサレっす(笑)

いろいろ賞なども取り,順調なスタートだったのですが、戦争
の足音が聞こえ始め、夫とともにイギリスへ亡命。一年後に離婚。
日本の民藝運動とも縁のある巨匠バーナード・リーチに師事。
最初はリーチ先生はあまり彼女の作品を評価しなかったみたいですね。
反対に、ルーシーはめっちゃ影響受けて肉厚でガッツリとした
作風になっちゃうとこが、可愛い。

やがて第二次世界大戦勃発!!
陶芸を中断してなんと彼女は陶製ボタンを作り始めて糊口を凌ぐのですわ。
lucie7

本当に可愛い。
ボタン会場は真っ暗。そこに微かなライトを当てるってな展示
なんですが、その微妙なラインに光がキラキラ輝いてまるで
宝石のようですう。。。

で、40代の彼女のもとにアシスタントに20代の青年ハンス・コパーが現れ、
彼は短時間でろくろの技術を習得&制作を始め、ルーシー姐さんに
多大なる影響を与え、共同制作も。。。って凄げ~~!!!
展覧会場のこの場所に来て某クワバラさんと思わずうなずき合って
「若いイケメン天才アーチストがアシスタント。。最高じゃん!!!」
(←おい:笑)
なんせ、彼女のコメントが「ハンスは正真正銘の芸術家だけど
私はただの陶芸家よ」ふわ~~~かわゆい♪♪♪

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ハンス・コパー展のポスター。
モモタは彼の事は知りませんでしたねえ、イギリスではリーチや
ルーシーよっか人気らしいっす。

ボタン制作で釉薬の研究を重ね、彼女独自の色(ピンクが素敵!)や
編み針で釉薬を削る「編み目模様」を確立。
なんと言っても凄いのは釉薬ノートにぎっしりの成分メモ。
毎日の試行錯誤の積み重ねですよね。科学の実験や料理に似てます。

lucie5.jpg

会場ではルーシーの制作する姿を映す映像も流れてて、インタビュアー
の男性は、ルーシーの大ファンのもよう。
いろいろと絡もうとしますが、彼女は優雅にロクロを回して微笑む
ばかり。彼女らしい感じです。

lucie6.jpeg

88歳で脳梗塞に倒れ、1995年に死去。享年93歳。
楚々とした性格で芯が強く好きな陶芸の道で一世を風靡し
人生の転換期に優秀な男性が関わる一生。。。

う~~~ん女性誌が飛びつきそうな生涯だあなあ==(おい!)

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